来客万歳。
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今日はいろいろな方がスタジオに訪ねてきました。
以前TAにて面識のある現在2年生の建築学生(僕は"後輩"と呼ぶのが好きではないのですが、言葉が思い当たらないので以下"後輩"と呼ばせてもらいます。)の来客。
カフェに場所を移して設計課題のお話などをしていると、1人また1人と参加者は増え、いつの間にやら1つの作品を通して小さなdebateがカフェ内にて開催。
来客した彼からは前から来るという話があったのですが、他の2人の後輩は不意な出来事。僕はこういった偶発的なことは大好きで、世代の異なるdebateは大変おもしろいもので僕も含めて対等に持論を披露し、他の持論が反応するという連鎖行為が僕にとても刺激を与えてくれます。

僕が以前から少し憤りを感じていたこと、「自分の作品になぜそんな人の顔を伺うのか?」とても疑問です。
なぜみなで持ち寄って自分の作品を自慢し合い、みなでその作品をつぶし合わないのだろう?
なぜ自分の分身である自分の作品をひた隠すのだろう?
なぜ"先生"の顔ばかりを伺っているのだろう?
"先生"に褒めてもらうごときのためになぜわざわざ何日も眠らずに取り組めるだろう?

それはセンスとか才能とか模型の精度とか建築が建つかとかそんなことではなくて、形として自分の野望や熱情を表現すればいい、それだけのことではないのでしょうか?
もし自分が好きな人に告白をするとき、少なくともそんな態度では望まないだろう。自分をかっこよく、またかわいく装うだろう。

設計課題は革命である。模倣ではない。少なくとも僕は常にそう思っています。

1人の後輩が持っていたカスタム作成された奇怪なpremini。いつのまにか忘れていた簡単なこと、ぼくらは"もの作り家"であることを気づかせてくれるツールでした。


一連のdebateを終えた後、スタジオにて昨年卒業した先輩が来客。
昨年の修士設計でお世話になった先輩は学年は1つ上でも同い年の不思議な関係。(僕がわがままやらせてもらっていただけなのですが…)相変わらずの宮崎県なまりが1年前の一連の出来事を思い出すと同時に、僕にもその時期が迫ってきていることを感じ実に1年は早いものだなあと。。1年前のときの状況を聞きながら、現在の状況などを聞く。
現在ある現場を担当しているということで、現場を通しての建築のおもしろさ、そして現実というギャップを感じていると言いつつも変わらない笑顔に、自分のこの先の未知なる展望に期待が膨らみます。

発想というambition
現実というreality
そんな2つを体感できた1日でした。

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by tdysch | 2004-12-27 22:40 | D ch(雑記)


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